千葉県市川市
彼女は英国に生まれ06年に母国の大学を卒業し、その年の10月、日本にやって来た。そして千葉県船橋市の英会話学校『NOVA』で講師を勤め、同僚の外国人女性と船橋市で同居していました。
一方、彼は岐阜県羽島市で育った。彼の両親は岐阜県の高校で知り合い交際を始め、共に上京し、それぞれ日本大学の医学部と歯学部に進学。そのまま学生結婚し千葉県市川市のマンションで暮らし始め、その後、彼が生まれてからは母親の実家近くの羽島市に移り住みます。父親は愛知県内の病院の外科部長になり、母親は実家の歯科医院を継ぎ、祖母の死後は閉院しました。
彼は予備校に通うため、両親が青春時代を過ごしそのまま所有していた市川市のマンションで一人暮らしを始めます。彼は最初に合格した大学を中退し、他大学の園芸学部に再入学。そして卒業後もそのままこのマンションに住み、決まった職には就かなかった。
二人が出会ったのは07年3月21日JR西船橋駅前。彼が彼女にしつこく声をかけ、彼女の似顔絵を描き手渡したりした。その当時、彼女は22歳、彼は28歳だった。彼女は「つきまとわれて困っている」と英国にいる恋人や周囲の友人に話していたそうです。
その4日後の25日午前8時頃、彼の自宅周辺にある飲食店『ドトール』の防犯カメラに、二人とみられる男女が飲み物を注文する姿があった。彼女は彼の強引な申し出に負けたのか、英会話の個人レッスンを了承したようです。彼女はその直後から行方不明に。翌日26日の夜、警察は彼女の同僚から相談を受け彼のマンションを訪れる。そして警察官に事情を聴かれた彼はあわてて逃走した。
彼女は彼のマンションのベランダにあった浴槽で、変死体となって発見されます。遺体は全裸の状態で、ひざを折り曲げて両足を園芸用の紐でしばられ、全身が園芸用の砂に埋まっていた。顔には殴られたようなアザがあった。咽の軟骨が折れていたので、首を締められ殺害されたようだ。性的暴行があったかどうかは不明。浴槽は風呂場から外しベランダに移動させたものだった。
彼は自宅前で警察官を振り切る際に靴を脱ぎ捨て、さらに最寄りの行徳駅近くで靴下も発見されている。警察犬を使っての捜索では、靴下のあった場所で彼のにおいは消滅していた。裸足のまま自転車や車などに乗って逃走したのだろうか、不可解な消え方をしている。彼が普段乗っていた自転車は使われずにマンションの駐輪場にそのまま残されていた。
その後、彼は殺人死体遺棄容疑で全国に指名手配されたが、彼の足どりはつかめずに事件は長期化。その内容はともかく世間ではいわゆる猟奇殺人として有名に。彼の行方についてはマスコミを中心にさまざまな憶測が飛び交い、彼が同性愛者であったという、事件とは直接関係のない説まであらわれたりしていた。
ちなみに、この事件に登場する大手英会話学校『NOVA』は、解約授業料の未返還問題などを発端に、株取引など不透明な会社経営が社会問題に。営業不振に陥り07年10月26日、大阪地方裁判所に会社更生法適用を申し立て経営破綻した。記憶に残るNOVAのキャッチフレーズは「駅前留学」。
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itsushiの投稿です