曖昧な性
「これさ『話せばわかる』と『問答無用』って感じするんだよね」
「へ? なんすかそれって?」
「彼女さ、安全な場所にいるつもりだったんじゃないかな? 海外っていうか西欧って危険な場所と安全な場所がはっきり別れてて、危険な地域では何が起っても不思議じゃないけど、安全な地域では道徳観とかもしっかりしていて」
「ああ、そういうイメージあるっすね。ただ、彼女にも『日本は治安がいい』っていう思い込みがあったんじゃないっすかね」
「まあそういう安全な地域にいて、たとえ知らない男にシツコクつきまとわれていたとしても、最終的には『話せばわかる』と思ってて」
「あーつまり彼女は『話せばわかる』で、彼はセックス拒絶されて『問答無用』って首締めちゃった、と。たしかに彼女『つきまとわれて困ってる』と嫌がってはいてもレッスン引き受けたり、彼の家にいったりと、過剰に警戒はしていないっすねぇ」
「そして彼のほうは勘違い野郎だった、と。学歴とかアタマのでき関係なく『自信マンマン』の男に多い。『打ち砕かれ慣れしてない』というより、むしろそれに気がづかないタイプ。異性へのアプローチが幼くて短絡的だけれど鬱屈したタイプではなかったんじゃないかな」
「あ~そう考えると彼って、我々のそばにフツーにいがちなタイプかもっすね」
「そうそう、英国人女性を殺したってなると、ことさら猟奇的に見たがっちゃう。『わたしたちとは違うトンデモない怪物なんだ』と、そうすれば安心できるんだけど。『ストーカーだった!』とか。でも求愛行動のどこまでがストーカーで、どこまでがそうでないのか、なんて曖昧だもんね。ストーカーって言葉を使えば思考を切断して他者化できるから簡単に使っちゃう。例えば『相手に対する激しい求愛行動でした』って言うと、とたんになんだかわからなくなる」
「彼にしてみれば『猛アタックかけてる』みたいなつもりだったかもっすね。考え方が微妙にズレてる奴っていうか。自分の部屋まで来たんだから暗黙の了解で『もうセックスはOKなんだ』とか…」
「でも、そういう『性に対する幼稚さ』って彼だけが特別だといえるのかな? 例えば世間では『何がレイプか?』という判断が曖昧だよね。よく聞く話で『泥酔した女のコを家に持ち帰っちゃいました~』って話。芸能人でも軽くそんな話をテレビとかでしてたりするけど、もしそれでスルことしてたら、それってレイプだよね。男子には『正体なくした女=据え膳』かもしれないけれど、女子からすれば安心しきっていて油断したのであって、決して『なにをされてもイイ』っていうサインじゃないのにね。でも、そういう理不尽に正面から抵抗すると、極端に危険な状況に追い込まれちゃう。ものごとを曖昧に閉ざしてしまうわたしたちの危なさっていう…。例えば一般的にも『西欧人はセックスについて積極的で解放されている』みたいな誤解があるけれど、たとえそうだとしても、それは裏を返せば『意思表示がハッキリしている』ということだもん。彼女がずいぶんスキだらけの行動に見えるのは、男性からのモーションには慣れてて、嫌ならハッキリ断ればすむと思っていたら」
「いきなり強烈なパンチをもらって、ノックアウトされてしまった、と」
「『異文化交流』が極端な結果になってしまったんじゃないかなぁと」
「たぶん、西欧人とわたしたちの性についての考え方は、根本的に違うのだろうと思う。西欧人の性は、正常であれ異常であれ個々に違いがあっても、合理的な理性に基づいて組織される。けれども、わたしたちの性はどこまでも非合理的で曖昧だ。見かけは温厚そうでも不条理な性は、論理的に言語化された性に追いかけられ、どこまでも逃げる。そして追い詰められ逃げ場をなくすと振り返って唐突にキバを剥き、またどこかへ逃げていく。
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