『遠足』03_05


  「彼は妹さんとは逆に、不思議なくらい個人のパーソナリティに関する情報が少ない人だよねぇ。マジメでおっとりとしていて手先が器用、っていう優等生的な外見ばかりで内面が見えない。3浪してるっていうのがあるね」
  「ネットゲームにハマってて、予備校は半分ぐらいしか通ってなかった、っつー話っすね」
  「そこが唯一、逃避とか自堕落な部分で、内面がチラッっと見えるよね。もしかしたら彼には『自分をつくれない』っていう無力感があったかもね。『ダメな自分』を発見できない感じ。例えば今、ワタシ自身を振り返ると、人にホメてもらえる部分だけじゃなくて、ダメな部分もあるからワタシという存在を確認できる気がする。っていうか『ダメな自分』のほうが重要かも」
  「『コンプレックスがバネになる』っつーヤツっすね」
  「妹さんはまさにそうだけど、彼の立場では難しいよね。両親の考えでは『善』の模範的な例が上の長男で『悪』の権化が下の妹。家庭の中でとりあえず自分は善側にいるはずだから長男同様歯科医を目指す。けれども3浪していて善はなかなか難しい。自分の中のマイナス部分をバネにしようにも、それを認めてしまうと悪側の妹と同一化するから、それもできない。そうなるともう、バラバラで断片的な受動的自己はあっても、自分を肯定するような力が持てない」
  「う~ん、ツラい立場っすねぇ」
  「両親に従うにせよ反発するにせよ、他の兄妹は立ち位置がはっきりしてる。でも彼だけ中ぶらりん。彼に少しでも強さがあったら妹を殺してなかったかもね」
  「ああ、自分に自信があれば妹になに言われても『フフン』って、返せるっすもんね」
  「思い出したんだけど、ワタシ、兄貴にコダワリがなくなってから徐々に色んなこと相談するようになって、ウチの家庭っていうか両親のヘンさかげん、不満についてお互いに思ってること打ち明け合ったことがあるんだよね」
  「そんなに変わった家庭だったんっすか?」
  「いや、実際はどんな家庭だってそれぞれに『変わってる』し『特殊』だからさ。でも、兄貴と話し合ってみて良かった。あれがあったからお互い両親からも卒業できたんだと思う」
  「彼にはもうムリっすよね、妹さん殺しっちゃったから…」
  「まあ彼、裁判で妹の境遇を知るにつれて、両親への反発は示し始めているし、それが唯一の希望かも。妹を思い返してもう一度考え、何かを問うことはできるよね」

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