『遠足』04_02
無名の死
07年9月某日。取材日の朝に知った出来事。前日の午後5時頃、吉祥寺駅で人身事故が発生した。泥酔しホームにフラフラと杖をついて立っていた老人が、電車に巻き込まれたそうです。重症を負った老人はそれから12時間ほど持ちこたえ、今日の早朝に亡くなった。
その老人は私の伯父だった。故意の自殺なのか事故なのかは不明だったけれど、鉄道会社と警察は事故として処理してくれたそうです。
彼は今でいうレタラー、昔は「書き文字屋さん」と呼ばれていた職人で、左翼系、労組系機関紙を多く扱う印刷会社の一画に部屋を構え、主に新聞の見出しなどをレタリングしていた。一般には知られていないが、昔はどの印刷会社にもレタラーを抱える部署があった。活字を使った活版印刷の時代は、タイトルや見出しなどの大きな文字は、そのつど専門の職人が手書きしないと綺麗に仕上がらなかったのだ。その後、印刷技術が進歩し、新聞や雑誌など、多くの印刷物が電算化される中、彼の仕事は減り続けた。ほとんどの職人は廃業していったけれども、彼は味わいのある独自の書体を今まで細々と書き続けてきた。帰宅ラッシュ時の乗客の足を乱した「迷惑な無名老人」もまた、特別な人生と歴史を生き、消えたのです。
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