『遠足』11_02

反省
   小石川周辺に集まる印刷製本業者と聞くと、やはりすぐ近くにある大手印刷会社『共同印刷』と関係が深いだろうか。「『共同印刷』といえば『週刊少年ジャンプ』を印刷している会社。小石川界隈はそこら中に出荷前の『少年ジャンプ』が堆く積まれている風景かもしれない」とワクワクしていた。後になって判明するけれど、それは単なる思い込みでした。
   08年4月某日。表の千川通りを歩いていたときは目立たなかったけれど、裏の路地に入ると住宅やマンションに混じって小さな印刷会社や製本会社がそこかしこにあり、紙の束を運ぶフォークリフトがまめまめしく走っている。印刷製本業を営む家屋は、そのほとんどは1階が作業場で、路地に面して大きく引き戸になっている。このほうが資材の搬入や仕上がった加工品を搬出しやすい。引き戸を開け放っている工場では、中の作業場で働く職人さんの姿が外の路地からよく見渡せます。道端には資材を運ぶための木製トレイが重ねて置かれていたり、ビニールシートの裾から紙の束が覗いていたりする。辺りからは軽快な印刷機の音とともにインクの香りが漂ってきます。気にしなければ見過ごしてしまうけれど、やはり街の細部を見れば色々な特徴がある。
   その路地の一角に彼とその家族が営んでいた自宅兼製本工場がありました。この工場も他と同様の造りになっていて、あえて事件的な特徴を探すなら、父親と彼の名前が別々に貼られた2つのインターホンが取りつけられていることだろうか。それにしても二世帯住宅ではよく見かける風景。事件からまだ間もないせいだろうか、引き戸の前に沢山の献花が供えられています。取材するのに迂闊にも花を用意するのを忘れていた。あわてて来た道を戻って近所の花屋で800円弱の花束を買い、現場に供える。
   そういえば、今までさまざまな事件現場を取材してきたけれど、献花などしてこなかった。事件からずいぶん日が経ってからの取材ばかりだったので、献花が残された現場もなかった。それに事件の記憶が薄れた頃に唐突に花を供えても、それを受けとめる人も、片づける人もいなかっただろう。それではせっかくの花がゴミになってしまいます。「我々は地球にやさしいのだ」と心の中で単なる言い訳。今回はまだ事件から日が浅い。他の人に混ぜてもらって安い花束くらいは供えておこうと思った。「ちょっとムシのいい話だな」と、やはり心の中で反省。
   この街の成り立ちを聞いてみようと、数件先の工場の道端にいた社長らしきオジサンに声をかけてみた。やはり近所で起った不幸について聞かれるのは迷惑そうで、事件の話はしてくれなかったけれど、この界隈については「特に共同印刷の下請け業者ばかりが集まっているってわけじゃないし、印刷会社と製本会社が並んでいたって、直接の取引があるわけじゃぁなく、皆それぞれ別々の得意先があるのが普通だ」とのこと。ちなみにオジサンの工場は昭和30年頃から始めた『貼付け加工』の下請けで、他の工程はまた別の下請け業者が行なうそうだ。私が「網代や無線などの『綴じ』の工程ですか?」と尋ねると、おじさんはさっぱりわからないという顔で、ただ「貼付け加工の下請け」なのだと繰り返した。作業する現場が違うと1つの作業工程の呼称も違うのだろうか。工程の呼び名もそうだが、製本作業が現場ではかなり細かく各下請け業者に分業化されているという話に面喰らってしまった。
  「ふむ、小石川の印刷&製本業ならばジャンプ。いや少年ジャンプの街、っていう考えは甘かったなと反省」
  「ハハハ、それは妄想っすよ。でも、埼玉に移転したり廃業する業者が増えたって話だけど、けっこう『町工場街』って雰囲気は残ってるっすね」
  「うん。『ホラホラ、素人さんは端に寄って職人さんの邪魔しないでね』って暗に言われているような感じはするね」

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